トップ > 萩往還プレミアムギフト > 耐久社 夏蜜柑(6個)

耐久社 夏蜜柑(6個)

夏蜜柑栽培のプロが厳選

「このままでは、萩の夏みかんがなくなってしまう」。そんな思いから、2012年、株式会社耐久社は設立されました。社名はもちろん、明治の萩夏蜜柑栽培の始祖、小幡高政の「耐久社」から志をついでいます。萩の夏みかん栽培は、昭和50年ごろをピークに衰退し、現在は地元萩でも激減しています。
株式会社耐久社は、山口県萩柑橘試験場の跡地で、夏みかんの栽培や、貴重な夏みかんの種の保存、新規就農者への営農技術の研修などを行う、いわば柑橘栽培のお手本のような会社。
プロ中のプロが厳選した「夏蜜柑」を、明治時代のレッテル(復刻デザイン)で包装し、木箱に入れてお届けします。
期間限定/萩往還限定
※数量限定
※専用木箱入り
※賞味期限/冷蔵7日
商品コード : H-069
製造元 : 耐久社
価格 : 3,024円(税込)
(6個)専用木箱入り ■賞味期限/冷蔵:7日
数量
 
包装
のし

品切れ

  • お気に入りリスト
  • 友達にすすめる
  • 商品についての問い合わせ
  •  初夏、萩の町じゅうが、甘い夏みかんの花の香につつまれます。1926年、後の昭和天皇が来訪された際、あまりの香りの良さに「この町は香水がまいてあるのか」と言われた記録があります。
     一般的に、みかん畑は、人里離れた山間部にありますが、萩は城下町をはじめ市街地に数多くの夏みかんの樹があります。その理由は、明治時代に遡ります。藩政が終わり、新政府の要職を辞して萩へ戻った小幡高政が、家禄を失った武士の救済策として、武家屋敷の広い庭で、夏みかんの栽培を奨励し産業化します。明治の終わりころには萩町年間予算の8倍も稼ぐ一大産業に発展します。その後も大正〜昭和と受け継がれ、その間、夏みかんを使った銘菓も数多く誕生しました。
     現在、「萩城下の夏みかんの香り」は、環境省「かおり風景100選」に選定されています。

  • 小幡高政と耐久社
     小幡高政は文化 年(1817年)萩に生まれる。安政6年(1859年)江戸にて、吉田松陰への死罪判決申渡しに藩代表として陪席した。明治維新後は、新政府の要職を歴任。明治9年に帰萩し、困窮した武士を救うため、耐久社を設立。夏橙(夏みかん)の苗木を配布し、栽培を奨励する。
     およそ10年後には萩の空き地を埋め尽くすほどまでに育ち、夏みかんが萩の特産物となる。現在、萩柑橘公園がある旧田中別邸は、もと小幡高政の邸宅であり、明治23年、小幡が栽培当初の苦労と後世への訓示を記した「橙園之記」の石碑が建っている。
    (旧田中別邸)

  • 「長州本場」萩夏蜜柑
     明治22年、萩夏蜜柑輸出仲買組合が設立され、その数年後、将来夏みかんの栽培が他所で盛んになるようなことがあっても、本場はあくまで萩である」という次第でレッテルが作られました。現在、萩博物館に、数種のレッテルが現存しています。
    (昭和20〜30年頃の収穫風景)
    写真:萩博物館所蔵

    【吉田松陰・文と夏蜜柑】
     吉田松陰・文が育った杉家の庭に、クネンボ(夏蜜柑の種類)の記載のある古地図や、松陰がクネンボを食べ「種が多いが香りよし」といった意の感想を書いた記録があります。

この商品についてのレビュー

  氏名 : 評点 :
内容 :
レビューを書く
入力された顧客評価がありません

ページトップへ